第5回高齢者問題研究会
『名義預金と認定されないために』
1.生前贈与が注目されている背景
平成25年税制改正により、基礎控除が現行の6割に縮減されるなど、相続課税が大幅に強化された。
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平成27年以降の相続開始分から、申告納税義務が発生する相続人も増加する。
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できる限り生前に子や孫に贈与を行い、自分が死んだ時の相続財産を減らしたい人も増加する。
<相続税の基礎控除額の推移>
- 昭和62年以前:
- 定額控除2,000万円、相続人1人あたり比例控除400万円
- 昭和63年改正:
- 定額控除4,000万円、相続人1人あたり比例控除800万円
- 平成4年改正:
- 定額控除4,800万円、相続人1人あたり比例控除950万円
- 平成6年改正:
- 定額控除5,000万円、相続人1人あたり比例控除1,000万円
- 平成25年改正:
- 定額控除3,000万円、相続人1人あたり比例控除600万円
(1)行動パターンA
しかし、一定額(110万円)を超える贈与を行った場合、もらった人に贈与税がかかる。
多額の贈与を行うと、相続税より高い税率が課される場合がある。
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最適な生前贈与を考えたい。
暦年課税と相続時精算課税のどちらを利用すべきか?
教育資金の贈与や住宅取得資金の贈与などの特例制度をうまく利用したい。
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専門家に相談しようかな?
(2)行動パターンB
今のうちに預金を子や孫の名義にしてしまおう。
よくある誤解1 |
×子や孫の名義にした預金は私の財産ではないので、私が死んでも子や孫に相続税はかからない。 |
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よくある誤解2 |
×税金にも時効があるはずなので、10年以上前に亡父が私名義で作成してくれた定期預金については贈与税は課されない。
×それに定期預金は既に自分名義なので相続税も課されない。
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よくある誤解3 |
×5年前に亡父が作成してくれた私名義の定額貯金については、私は最近まで知らなかったが、私の名前で贈与税の申告をしたそうなので私の固有財産である。
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よくある誤解4 |
×未成年である幼児には生前贈与はできない。
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よくある誤解5 |
××郵便局の貯金は表に出ないそうなので、相続税や贈与税の申告はしなくても大丈夫である。
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2.税務上有効な贈与とは
(1)民法上の贈与
民法第549条
贈与は、当事者の一方が自己の財産を無償で相手方に与える意思を表示し、相手方が受諾をすることによって、その効力を生ずる。
民法第550条
書面によらない贈与は、各当事者が撤回することができる。ただし、履行の終わった部分については、この限りではない。
(2)税務上の贈与
相続税法第1条の4
次の各号のいずれかに掲げる者は、この法律により、贈与税を納める義務がある。
一 贈与により財産を取得した個人で当該財産を取得した時においてこの法律の施行地に住所を有するもの。
相続税法基本通達1の3・1の4共-8
相続若しくは遺贈又は贈与による財産取得の時期は、次に掲げる場合の区分に応じ、それぞれ次によるものとする。
- 相続又は遺贈の場合 相続の開始の時(以下省略)
- 贈与の場合 書面によるものについてはその契約の効力の発生した時、書面によらないものについてはその履行の時
(3)贈与税の課税要件
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書面による贈与の場合
- 贈与契約の効力発生(≠契約書作成)
- 形式的な契約書等を作成しただけでは贈与があったものとは認められないという判例あり(※)。
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書面によらない贈与の場合
(※)公正証書による贈与の時期に関する判例(名地H10.9.11、名高H10.12.25、最高裁H11.6.24)
<事案の概要>
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昭和60.3.14 贈与の公正証書作成(内容は以下)
- 第1条 昭和60 年3月14 日贈与者A(Xの父)は、その所有にかかる後記不動産(評価額2億円超)を受贈者Xに贈与し、受贈者は、これを受諾した。
- 第2条 贈与者は、受贈者に対し前条の不動産を本日引き渡し、受贈者はこれを受領した。
- 第3条 贈与者は、受贈者から請求があり次第、本物件の所有権移転の登記申請手続をしなければならない。
- 第4条 前条の登記申請手続に要する費用は、受贈者の負担とする。
Xは本件贈与について贈与税の申告をしなかった。
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平成5.12.13 贈与の登記
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平成5年分贈与税決定処分(税額1億935万円)
加算税賦課決定処分(1640万円余)
<事実認定>
- 移転登記をせずに、公正証書を作成する合理的理由がない。
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昭和59 年頃から、Xが本件不動産に単独で居住し、固定資産税や公共料金も支払っているが、本件公正証書作成時において、Aとしては、本件公正証書記載の贈与日時から贈与税の徴収権が時効消滅するまでは、本件不動産の登記名義をXに移転する意思はなかったものと認められ、本件登記手続時まで、Xが、本件不動産を担保に供したり、他人に譲渡することは事実上不可能な状況にあったわけであり、本件不動産を自由に使用・収益・処分しうる地位にはなかったものである。
- 昭和60 年の本件公正証書作成当時に、贈与をする動機は、A、Xともに薄弱である。
- XはAに対し、贈与税の更正決定権が除斥期間経過により消滅するまでの間、公正証書3条があるにもかかわらず、登記請求をしたことがない。
<判示事項>
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以上の事実からすると、本件公正証書は、(…)本件不動産を原告に贈与しても、贈与税の負担がかからないようにするためにのみ作成されたのであって、Aに本件公正証書の記載どおりに本件不動産を贈与する意思はなかったものと認められる。
他方、Xは、本件公正証書は、将来、本件不動産をXに贈与することを明らかにした文書にすぎないという程度の認識しか有しておらず、本件公正証書作成時に本件不動産の贈与を受けたという認識は有していなかったものと認められる。
よって、本件公正証書によって、AからXに対する書面による贈与がなされたものとは認められない。
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そうすると、Aが、Xに対し、本件不動産を贈与したのは、書面によらない贈与によるものということになるが、書面によらない贈与の場合にはその履行の時に贈与による財産取得があったと見るべきである。そして、不動産が贈与された場合には、不動産の引渡し又は所有権移転登記がなされたときにその履行があったと解されるところ、本件においては、既に判示したように、Xは本件不動産に従前から居住しており、本件証拠上、本件登記手続よりも前に、本件不動産の贈与に基づき本件不動産の引渡しを受けたというような事情は認められないから、本件登記手続がなされたときをもって本件不動産の贈与に基づく履行があり、その時点でXは、本件不動産を贈与に基づき取得したと見るべきである。
(4)贈与の履行とは
- 履行
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=債務者(贈与者)が債務の内容(贈与契約の内容)を実現すること。
=財産の帰属先を贈与者から受贈者に変更すること。(≠単に財産の名義を変更すること。)
(5)財産の帰属(判例)
- 財産の購入原資の出捐者
- 財産の管理及び運用の状況
- 財産から生ずる利益の帰属者
- 財産の名義人がその名義を有することになった経緯
- 被相続人と当該財産の名義人並びに当該財産の管理及び運用をする者との関係
上記の各要素を総合考慮し、財産の帰属を判断する。
(6)名義財産(名義借用財産)
被相続人が生前に相続人に名義変更した財産は、以下の取り扱いとなる。
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生前に相続人に帰属している財産
相続人固有の財産となり、被相続人の相続財産には含まれない。
ただし、相続開始前3年以内の贈与については相続税の課税価格に加算される。
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生前に相続人に帰属していない財産
被相続人の相続財産に含まれる⇒俗に「名義財産(特に名義預金・名義株式)」と呼ばれる。
(7)国税不服審判所の裁決例
別紙参照
3.有効な預金の生前贈与(名義預金と認定されないために)
(1)贈与契約書の作成
- 贈与契約(贈与日・贈与者・受贈者・贈与財産等)の内容を記載した書面を作成し、双方が署名押印しておく。
- 必ずしも公正証書で作成する必要はないが、確定日付は取っておいたほうがよい。
(2)贈与契約内容の履行
- 贈与者が受贈者の預金口座に振り込む方法により資金移動を行う。
- 受贈者の預金口座は受贈者の住所付近の金融機関のもの又は受贈者の生活で使用しているものが望ましい。
(3)定期預金証書・通帳・カード・銀行届出印の管理
- 受贈者が上記すべてを管理する。受贈者から依頼されても贈与者は管理を引き受けるべきではない。
- 届出印は受贈者固有の印鑑とし、贈与者の印鑑としない。
- 届出住所は受贈者の現住所とする。
(4)使用収益権の移譲
- 贈与者は贈与した資金を絶対に使用してはならない。
- 受贈者が実際に資金を出金して使用することまでは必要ではないが、いつでも受贈者単独の判断で出金・解約ができる状態にあることが必要である。
(5)贈与税の申告納付
- 暦年で1年間の受贈額が110万円以下の場合には、贈与税の申告納付は不要である。
- わざと110万円を超える贈与を行うことにより、贈与税申告納付の記録を残すことも一つの方法である。
- 「贈与が成立した」から贈与税の申告納税義務が発生しただけであり、贈与税の申告納税をしたから「贈与が成立した」ということではない。
(6)「連年贈与」について
国税庁タックスアンサーより引用
Q 毎年、子に100万円ずつ10年間にわたって贈与することとしましたが、1年間では基礎控除額である110万円以下となるため、贈与税の申告納税は不要ですか。
A 1年ごとに贈与を受けると考えるのではなく、契約をした年分に、有期定期金に関する権利(10年間にわたり毎年100万円ずつの給付を受ける権利)の贈与を受けたものとして贈与税の申告が必要となります。
- 子に100万円ずつ10年間にわたって贈与する旨の契約書が発見され、現実に契約書記載の時期に100万円の資金移動があるという「奇跡的な状況」でもない限り、税務当局による更正・決定はありえないのではないか?
- 結果として100万円ずつ10年間にわたって子に贈与したとしても、初年度に10年間にわたる契約があったことを税務当局は証明できないし、10年前の贈与を更正・決定することはできないのではないか(課税権の期間制限:最長7年)?
(7)未成年者に対する贈与について
- 未成年者への贈与の場合、親権者が同意すれば贈与契約は成立する。
- 未成年の受贈者が贈与の事実を知っていたかどうかは関係ない。
- 贈与者と親権者との間で贈与契約書を作成して、子名義の口座に贈与契約内容を履行する。
- 贈与者や親権者はその資金を流用しない。
- 成年になった時点で上記(3)及び(4)を親権者から受贈者に移管する。