高齢者の消費者被害

第1 データでみる高齢者の消費者被害

1 65歳以上の人口(資料1,資料2)

(1)全国

ア 平成26年   3296万人(総人口1億2707万人)
           総人口に占める割合25.9%
           ※ 平成27年9月21日(敬老の日)時点で26.2%

イ 平成17年   2576万人(総人口1億2777万人)
           総人口に占める割合20.1%

(2)奈良

ア 平成25年   36万5769人(総人口140万4296人)
           総人口に占める割合26.0%

イ 平成17年   28万2281人(総人口144万5590人)
            総人口に占める割合19.5%

2 高齢者(ただし70歳以上)の消費者被害相談件数(資料3)

 

(1)平成25年  20万8926件(全体の約22%)

(2)平成17年  13万9685件

3 手口別件数

(1)電話勧誘販売          5万1420件(24.6%)

(2)家庭訪販            2万5830件(12.4%)

(3)劇場型勧誘           1万2623件(6.0%)
 : 立場の異なる複数の業者を名乗って,金融商品等の購入を勧誘する。

(4)代引配達            1万2555件(6.0%)
 : 申し込んだ覚えのない商品を代引配達で強引に送りつけられる。

(5)利殖商法            1万1856件(5.7%)
 : 「値上がり確実」など利殖になることを強調して,投資や出資を勧誘する。

(6)インターネット通販         7951件(3.8%)

(7)二次被害              6645件(3.2%)
 : 一度被害に遭った人を再び勧誘して二次的な被害を与える。すなわち,以前契約をした商品・サービスについて「解約してあげる。」などと電話で説明し,従前の被害の救済を装い金銭を支払わせる等。

(8)かたり商法(身分詐称)       6177件(3.0%)
 : 販売業者が有名企業や,公的機関の職員,またはその関係者であるかのように思わせて商品やサービスを契約させる。

(9)次々販売              5233件(2.5%)
 : 一度契約するとその後に次々と不要な商品やサービスの契約をさせられる。

(10)ネガティブオプション        4957件(2.4%)
 : 契約を締結していないのに商品を勝手に送ってきて,受けとったことで支払義務があると消費者に勘違いさせて代金を支払わせようとする。

4 高齢者が被害に遭う原因

お金・健康・孤独への不安。
昼間自宅に一人でいることが多い。
判断能力の低下。

第2 違法・不当な契約をさせられた場合の救済方法 

1 民法の規定による取消し

(1)前提

申込みの意思表示に対して承諾の意思表示をすることで契約成立。

(2)原則

契約をした以上,それを守らなければならない(=契約の拘束力)。
理由 :①契約するか否かは個々人の自由であるところ,自らの意思で契約するとの意思決定をしたのだから。
② 契約が守られないと,相手方に不測の不利益

(3)例外

①意思決定の過程に問題があり,②相手方に不利益が生じない場合あるいは意思表示者の保護の必要性が相手方の受ける不利益を上回る場合には,契約の拘束力から逃れることができる。

(4)詐欺・強迫による取消し

次の①~⑤を総て充足する場合に契約の取消しが可能(詐欺の場合)
①事業者によって欺罔行為(要するに,騙す行為)がなされたこと
②騙す行為が違法であること
③騙す行為によって,錯誤に陥ったこと(要するに,相手の嘘を本当と思いこんだこと,騙されたこと)
④騙されたことによって,契約をしたこと
⑤事業者側に,消費者を騙す故意と,騙すことによって契約をさせる故意があること

(5)問題点

民法は,対等な者同士の取引しか念頭においていないので,取消し可能な場面は限定されている。
上記②: 小売店が2級米を1級米と説明する程度では違法ではない。
上記⑤: 証明が難しい。事業者の中には,消費者を騙す意思がなく,自らの行為が違法行為であると認識していない者も多い。

2 消費者契約法に基づく取消し

(1)民法とは異なり,事業者と消費者に力の差が存在することを前提に,消費者において契約の拘束力から逃れやすくなっている。

(2)具体例(以下の場合,契約の取消しが可能)

ア 不実告知
①重要な事項について事実と異なることを告げられ,②告げられた内容が真実であると誤認したことにより契約を締結した場合 
※ 民法の規定と異なり,事業者の故意不要!
例:事故車でないと言われて購入した自動車が,事故車だった。

イ 断定的判断の提供
①将来における変動が不確実な事項につき断定的判断を告げられ,②告げられた内容が真実であると誤認したことにより契約を締結した場合
※ 民法の規定と異なり,事業者の故意不要!
例:「この金融商品は必ず値上がりする。」などの利殖商法

ウ 不利益事実の不告知
①重要事項について,有利なことだけを告げられ,不利益な事実を故意に告げられないことにより,②不利益な事実がないと誤認したことにより契約した場合
※ 嘘をついているわけではないので,民法の詐欺にはあたらないが,取消し可能!
例:眺望を妨げる建物が側に建つことを知っていながら,「眺めは最高」とだけ告げてマンションを購入させる。

エ 不退去
①消費者が自宅や職場で勧誘を受けている時に,事業者に退去する(帰る)よう求めたにも拘わらず,②事業者が退去しなかったことにより,③困惑したことにより契約を締結した場合
※ 害悪の告知をしていないので,民法の「強迫」にはあたらないが,取消可能!

オ 退去妨害
①消費者が事業者の営業所や展示会場等で勧誘を受けている時に,事業者に対して退去したい(帰りたい)と告げたにも拘わらず,②事業者が退去させなかったことにより,③困惑したことにより契約した場合
※ 害悪の告知をしていないので,民法の「強迫」にはあたらないが,取消可能!

3 特定商取引法に基づくクーリング・オフ等

(1)特定商取引法の概要

訪問販売,通信販売,電話勧誘販売等,消費者が自主的に判断できない状況での取引形態を規制

(2)訪問販売を例に

ア 訪問販売とは
事業者が,営業所以外の場所である,個人の自宅や職場に来て勧誘を行う販売方法。
路上等で呼び止めて,お店に連れて行く「キャッチセールス」,販売目的であることを隠して,あるいは,他の人に有利な条件で販売を行うことを告げて営業所への来所を要請する「アポインメントセールス」,特設会場に消費者を集めて,最初は日用品を激安で配って熱狂的な雰囲気を盛り上げ,最終的に高額な商品を買わせる「催眠商法(SF商法)」も含む。

イ 指定商品・指定役務制の廃止
平成21年の改正前特定商取引法:法令で定められた売り方(訪問販売,通信販売,電話勧誘販売)であっても,法令で決められた商品,権利,役務(サービス)でなければ,規制が及ばなかった。
平成21年の改正により,指定商品・指定役務制は廃止。

ウ 事業者には,申込みがあった場合や,契約を締結した場合に書面(申込書面,契約書面)の交付義務が課されている。

エ 契約書面の記載事項
①当事者に関する事項
事業者の氏名,住所,電話番号,法人の代表者,契約担当者の氏名
②契約の目的物に関する事項
商品名,商品の商標または製造者名,商品の形式または種類,商品の数量
③ 契約の代金に関する事項
商品の代金,代金の支払い方法,代金の支払時期
④契約の履行に関する事項
商品の引渡時期
⑤契約の解除に関する事項
クーリング・オフの要件及び効果
⑥契約の日付に関する事項
契約締結の年月日
⑦任意的記載事項
瑕疵担保責任の内容,解除に関する定めの内容,特約

オ クーリング・オフ
上記書面を受領してから,8日間可能
→ 書面を受領していない場合,あるいは,受領していても書面に不備がある場合,いつまでもクーリング・オフ可能
→ クーリング・オフを妨害する行為があった場合(例えば,「本商品にクーリング・オフは使えません。」等と言われている場合),改めて「クーリング・オフ可能」と記載された不備のない書面が交付されてから8日経過するまでクーリング・オフ可能。
※ 不備のある書面が交付されていることが非常に多い。→あきらめずに,クーリングオフを検討!

カ 不実告知,事実不告知による取消し
消費者契約法と同様の規定だが,消費者契約法よりも,若干,取消可能な場合が多い。

(3)次々販売(次々と不要な商品やサービスの契約をさせる手法)に関して,通常必要とされる量を著しく超える場合には,契約後1年間の契約を解除できる。

4 民法709条以下に基づく損害賠償請求

契約を取り消しても,なお損害が発生している場合等

第3 契約が成立していない場合の救済方法 

1 ネガティブオプション

(1)ネガティブオプションとは

契約を結んでいないのに商品を勝手に送ってきて,受けとったことで支払義務があると消費者に勘違いさせて代金を支払わせようとする手法。
例:頼んでもいない松葉蟹が届く

(2)対処法

承諾があって初めて契約成立→送りつけられただけでは,契約は成立していない。商品代を支払う必要はない。
14日経過後,事業者は商品返還請求ができない(特定商取引法59条)。

2 代引配達

(1)意義

申し込んだ覚えのない商品を代引配達で強引に送りつけられる。代金の支払を拒むと罵倒される例も。
ネガティブオプションの発展形?

(2)対処法

罵倒されようがすごまれようが,代金は支払わない。
支払ってしまった場合,事業者の住所が分かれば損害賠償請求あるいは不当利得返還請求。

第4 具体的事例

1 水漏れ修理

(1)事案の概要

水漏れが発生したので,修理を依頼。
修理の後,「あそこも直しておいたほうがよい,ここも直しておいたほうがよい。」と言われ,不要な修理に関する契約をさせられた。

(2)対応

本件の水漏れ修理以外の契約は,「訪問販売」に該当する。
※ 給水管,配水管,焼却炉その他の衛生用の器具または設備の修繕・改良は,平成21年の改正前特定商取引法においても,指定役務。
よって,クーリング・オフの意思表示。

2 10年先の新聞購読契約

(1)事案の概要

自宅に新聞の勧誘員がやってきて,新聞の購読を勧められた。勧められるがまま,10年後の新聞購読契約の締結をした。
このことについて全く忘れていたところ,10年経ってから突如配達が開始されるようになった。現在他の新聞を購読しており,今さら10年前に購読契約をした新聞を配達されても仕方がない。

(2)対応

本件の取引は,「訪問販売」に該当する。
※ 新聞紙は,平成21年の改正前特定商取引法においても,指定商品
必要事項を記載した契約書面を受領していないかぎり,クーリング・オフ可能。

3 心霊商法

(1)事案の概要

腰に痛みを訴えてカイロプラティックの治療に訪れた70代女性に対し,「腰が痛いのは先祖に5人も成仏できていない人がいるからだ,先祖の霊を成仏させないと子孫にも害が及ぶ。」などと告げ,「先祖を成仏させるための施術」を実施。ただし,実際には,頭頂部に5分程度の間,手を置いただけ。
その後6万円を請求される。

(2)対応

以下の内容の内容証明郵便を送付
ア 施術に6万円かかるという説明無し→契約不成立
イ 女性の不安に乗じ,5分程度頭頂部に手を置いただけで6万円もの支払請求を行うことは著しい暴利行為,すなわち,本件の施術契約は公序良俗に反するものとして,無効である(民法90条)。
ウ 仮に施術契約が有効であっても,当該契約は,先祖の霊を成仏させないと子孫にも害が及ぶなどと害悪を告げたことにより,女性が畏怖したために締結されたものであるので,強迫を理由に取り消す。  →請求止まる。

4 高リスクの金融商品の勧誘

(1)事案の概要

①年金暮らしで,②判断能力に低下が見られ(当職が受任した時点で日付を応えられない),③金融取引をほとんど行ったことがない(低リスクの「個人向け利付き国債」の取引を行ったことがあるのみの)高齢者夫婦(79歳,78歳)に対し,④商品の構造が複雑で,⑤高リスクの商品(元本割れの危険性の高い商品)の購入を勧めた。
なお,代金4000万円の支払に充てさせるために,保有していた国債を総て売却させる。
その後,約700万円の評価額の低下が生じていた。

(2)対応

「適合性原則(顧客の知識,経験,財産の状況及び金融商品取引契約を締結する目的に照らして不適当と認められる勧誘を行ってはならないという原則)」に反する違法な勧誘がなされたとして,証券会社に対して損害賠償請求。

5 劇場型詐欺

(1)事案の概要

①被害女性(70代)のところへ,とある会社(A社)の「信託受益権の募集要項」のパンフレットが送付されてくる。
なお,パンフレットには,奈良県の方にだけ特別に販売すると記載されている。
②B氏を名乗る者から,被害女性に,「A社の信託受益権は利率の高い,大変お得な金融商品なので,募集に応じる権利を譲って欲しい。」との電話がかかる。
被害女性は,B氏に対し,「自分には興味がないので,権利を譲る。」という話をする。
③数日後,A社から,被害女性に,「500万円があなたの名前で振り込まれているが,あなたが振り込んだのか。」という電話がかかってくる。
④被害女性は,これに対し,「B氏に対して権利を譲ったのでB氏が支払ったものである。」との話をする。
⑤その後,A社から,被害女性に,「申込者の名前は貴女になっているので,貴女から500万円をお支払いいただく必要がある。500万円はB氏に返金した。」との電話がかかる。
⑥これに対し,被害女性が,「申込みをキャンセルしたい。」というと,A社からは「キャンセルはできない。」「名義貸しは違法である。」「貴女が500万円を支払わないと,裁判になって貴女は沢山お金をとられることになる。」と告げられる。
⑦そこで,被害女性が,A社に対し,「500万円を支払う」と告げると,A社からは,「弊社の職員が,ご自宅まで500万円を受け取りに行く。」と言われる。
⑧被害女性は,自宅に来たA社の従業員と名乗る者に500万円を渡した。

(2)対応

通常の振込詐欺であれば,「犯罪利用預金口座等に係る資金による被害回復分配金の支払等に関する法律」に基づいて犯人グループの口座を凍結すれば,資金の分配(被害回復)を受けられるが・・・。

第5 被害を未然に防ぐために

1 高齢者が被害に遭う原因(再掲)

①お金・健康・孤独への不安。昼間一人で居る人が多い。
②判断能力の低下

①への対処

(1)日頃からの見守り(資料4)
(2)見守りのチェックポイント

ア 室外
   屋根  : 不自然な工事がされていないか
   郵便受け: クレジット会社からの督促状等ないか
   床下  : 換気扇等を取り付けていないか,シロアリ駆除剤を散布した匂いがしないか
   外壁  : 不自然な工事がされていないか

イ 屋内
   台所  : 浄水器等が設置されていないか
   押入  : 未使用の寝具等がしまわれていないか
   段ボール: 未開封の段ボールはないか

②への対処

(1)成年後見制度の利用

成年後見,保佐,補助
(左にいくほど,本人の行為能力に対する制限は大きい。)

(2)成年後見

ア 対象者
   精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く状況にある者

イ 特徴
   日常生活に関する行為以外については,総て成年後見人が代理。
   本人が行った日常生活に関する行為以外の行為については,取消しが可能。

(3)保佐

ア 対象者
   精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分である者

イ 特徴
   重要な財産上の行為(民法13条1項)について,本人がこれを行うには,保佐人の同意が必要。
   保佐人の同意が必要であるのに本人が同意なくした行為は,取消しが可能。
   裁判所の審判により,特定の法律行為につき,保佐人が代理権の付与を受けることも可能。

(4)補助

ア 対象者
   精神上の障害により事理を弁識する能力が不十分である者

イ 特徴
   家庭裁判所の審判により,民法13条1項の一部の行為について,本人がこれを行うには補助人の同意を要するとすることが可能。
   補助人の同意が必要であるのに本人が同意なくした行為は,取消しが可能。
   裁判所の審判により,特定の法律行為につき,補助人が代理権の付与を受けることも可能。

以上

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